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【2/2】 マカロニが夜のAホテルへ松本を訪ねたとき、松本は不在だった。 「松本さんはずっとお出かけです。」 ボーイの言葉を聞いたとき、逃げたかな、と思ったが、 「もうそろそろお戻りになるでしょう。」 とボーイが付け加えた。 「ロビーで待たせてもらうよ。」 いま松本が不在だということは、あの歯科医院からまっすぐホテルに帰らず、何処かに寄り道をしているということだ。こんな事ならずっと尾行は相手に気づかれるおそれもあって、そうなれば大きな捜査の支障になる。 マカロニがロビーで待っているその時間、松本はとある東京の町の、ビルの地下二階にいた。その町の地上は、まるで外国人の町のようだった。兵隊、バイヤーたちと日本人女たちで、いつも賑わっている町だ。“東京租界”の別名がある町だが、なるほどと思われる。地下二階には秘密の銃砲店があった。ちゃんと射撃場までついていた。 「できてるか?。」 松本が、そこにいる老人にいった。 「へえ。たった三時間で銃身を18センチも長くしろなんて注文は、初めてですぜ。」 老人はひとくせもふたくせもありげな様子で、暗にねだるものをねだっている。 「それだけのものは払うよ。」 「へへへ、そういうわけじゃ。」 暗い追従笑いが、人気のない部屋に乾いた響きを立てた。 「弾は?。」 「これに・・・。」 弾薬ケースを運んできて、松本に手渡した。 射撃場の中央には人間の標的が立っていた。それを、松本は慎重に狙う。耳をつんざく銃声。しかし、その音は防音装置の部屋からはもれない。 「お見事で。」 標的の心臓に穴があいていた。 「注文の弾は?。」 「この前より少し重たくって、と、ご注文でしたね。」 「うん・・・。」 松本は弾を掌にのせて、重量を計っていたが、それをポケットにおさめてから、カバンを開いた。 「ほらよ。」 無造作に、ドル紙幣をつかみ出して、そこに置いた。 「こりゃどうも・・・。ときにあんた、そんなゴツイ弾で、いったい何を撃つんですか。」 「500メートル先の10円玉さ・・・。」 あとは何も言わず、松本は地下室を出て行った。 そんなことがあったとは神ならぬ身のマカロニが知る由もなく、松本がホテルの玄関に姿を見せると、笑いながら近づいて行った。 「やあ、待っていたんだ。ちょっと遊びに来たんだ。」 「そう、まあ入りなよ。」 松本の部屋にはブランデーが用意してあって、二人は飲みはじめた。 「どう、いつかのコロシ、巧くいってるか。」 「それが太平洋が間にあるんで、なかなか思うようにはいかん。」 「そうか、それはあいにくだな。」 その実、マーストンと林の素姓はアメリカ側の協力で割れていた。どちらもアメリカの犯罪組織の人間で、仲間を裏切ったことでアメリカにはいられず、前後して日本に潜入してきたのだ。その裏切り者を追ってきた殺し屋が、松本、ということになるのだが、その証明をつけるのはまだ先のことになるらしい。マカロニはそのつもりで来ているから、なかなか腰を上げない。 「俺、夜には強いんだ。一晩や二晩眠らなくても、へえーちゃらさ。」 「でも、明日の勤めにさしさわるぞ。」 「平気、平気、どれ、もう一杯もらおうか。」 松本はつとめて平静をよそおっているが、いつもとはちがっている。マカロニには目でそれとわかる。彼の目はたえず動いているのだ。 「デカはやっぱり二流だな。こういうホテルでこういうブランデーはとうてい飲めんよ。一生の思い出に、たっぷりいただいてこう。」 「ああ、いくらでも飲んでくれ。飲みつぶれないようにな。」 (ふん、なにをいってやがる。ねばりっこなら負けんぞーーー二流のデカでもな。) マカロニは腹のなかでうそぶいた。 松本の焦り方で、明日なにが起こるかマカロニには想像できた。たしかに明日やる気でいる。予想される時間までにはたっぷり一日あるが、慎重な松本のことだから、その一日をどう費やすか、細かいプランが立ててあるにちがいない。そのプランの中には、招かざる客、早見 淳のことなど入っていなかったであろう。それだから松本の態度の中には焦りが現われているのである。 一方、藤堂係長もまた明日へ綿密な計画を立てていた。 すでに、歯科医院と併立する位置にあるいくつかのビルはチェックし、実地にその場を調査してある。ところがここに問題があった。歯科医院の窓を狙えるビルは、多くのビルのうち三つに限られたが、その一番近いビルがゆうに500メートルは離れていることだった。 「果たしてあのビルから撃つとして、命中するものだろうか?。」 という疑問だ。命中させ得ないとしたら、犯行はないであろう。できないことをあえてする筈がない。 「まさか、ヘリを飛ばしてその上から狙うなんてことは・・・。」 「いや、そういう可能性もあるぞ。」 藤堂係長は突飛な意見が出ても笑わず、一応、本庁にヘリがすぐに出せるよう手配しておくように、と命じるのだった。 松本がどのビルを利用するかという点については最後まで問題になった。屋上から歯科医院内を狙えるビルは三つに限られるが、その中のどれを選ぶか?。あるいはもっと別のビルにするかもしれない。そうかといってあまり大袈裟な警戒網を敷いては、最初から松本はこないかも知れない。そうなればまた彼の検挙は長引いてしまう。結局、三つのビルを遠巻きに囲むように、他のビルに望遠鏡をもった見張員をおき、発見者の通報連絡によって、松本のいるビルを包囲することとなった。 かくて、その日も更けていった。 歯科医院の診療は午前10時からだが、そのころにはもう、捜査員の配置は終わっていた。ところが松本が出発したというホテルからの連絡がなかなか入らない。張り込みがついていたのだが、巧く逃げられてしまったのだ。 「うすのろめ!、いいからこちらへこい!。」 報告を受けた藤堂係長がカミナリを落としてから20分ほどしてAホテルから、 「林が外出したので尾行中・・・歯科院に向かっている模様。」 の連絡がきた。林の方は予定通り動いているのだ。藤堂係長は数名の部下とともに覆面車で歯科医院近くの道路上に在って、八方からの情報を受理し、それぞれ判断を下して命令していた。 ・・・松本はどこへ・・・?。 捜査陣の神経はその一点に凝集していた。巧みにホテルを出たやり口からして、大警戒網の中で林が射殺されてしまうような失態も予想されて、藤堂の眉もピリピリしてきた。林の診療開始は午前11時前後という予想で、ほぼ20分ほどで診療は終了する。その20分間が勝負だった。捜査陣はその時間直前までに松本を発見して、ライフルを持った所持現行犯として押さえなければならない。 警察はーーー、日本の警察の特質は犯人を殺さないところにある。真に止むを得ない事態にならない限り、警察官側から撃つようなことはしない。歯がゆいほどにその伝統は守られてきているのだった。 マカロニが、昨夜の睡眠不足で赤い目をしながら、愛車を駆っていた。時々停止し、赤い目にオペラグラスを当てて、立ち並んでいいるビルを見る。幸いよく晴れていたし、ビルの屋上に人がいるという時間ではない。これが食後ともなるとそうではなくなるから、観察も厄介だが、今は一点の人が動いていてもよくわかった。マカロニはひっきりなしに時計を見、ビルの屋上を見た。もうどこかに松本の姿が現われてもいい時間だ。とくに、三つのビルは丁寧に見るが、人影らしいものは見えない。 「林がビルに入り、歯科医院の待合室で診察を待っている。」 という情報が入ってきた。無線が正しい発音で二度繰り返した。標的が現われた。後は射手の出現を待つばかりだ。松本はとうにAホテルを出ているから、もう大分前にこの附近に到着しているはずだが、恐らくまっすぐには来まい。回り道をし、目立たない通りを選んで目的のビルに上がるだろう。息詰まる時間が流れ去って行ったが、くるものは、とうとう来た。 「松本らしい男の姿が大谷ビル屋上に発見。ただちに同ビルに入ります。」 マカロニの弾んだ声が何台もの車に伝えられた。緊張は極度に高まり、一台、また一台、そっと大谷ビル附近に車は集まってきて、10分もしないうちに、文字通り蟻の逃げる隙間もない包囲が完成してしまった。 続いてマカロニの喘いだ声ーーー。 「松本を確認。ライフルを組み立てて、大谷ビル屋上の水道タンク附近に潜伏中。」 マカロニの声は喘いでいて、ときどき途切れた。階段ヲ駆け上ったか、廊下を走り回ったか、とにかく尋常の動きではないらしい。それとばかり、捜査員は車を捨てて、ビルの玄関に、非常階段に、殺到した。 屋上のマカロニは、指呼の間に松本の姿を凝視していた。松本は弾を込め、いまや遅しと林が診察室に入るのを待っていた。恐るべし、この大谷ビルから診察室までは楽に500メートルある。それだけ離れた的を自信満々狙っている松本だ。ライフルには消音器がつき、スコープもセットされて、いまは引鉄を引くばかりになっている。 マカロニはオペラグラスの倍率では鮮明さを欠くが、診察室に人が動きはじめた気配がしたが、やはり林の診察が始まったらしい。松本が、ライフルを構え、じっと照準しはじめた。 ・・・・・よし!。 マカロニはそろそろと松本の背後へ忍び寄って行った。気づかれるに決まっているが、半歩でも近づこうと、息を殺して這ってゆく。胸から拳銃を引き抜いて、なお追っていった。 ピタッとライフルの銃口が停止した。−−−いまだ!。“バァーン”と、マカロニの合図の拳銃が火を吹き、診察室には何人かの刑事がどっと躍り込んでいった。そのとき、ライフルが発車されたが明らかに銃口は揺れていて、命中する気遣いはなかった。 「松本・・・、とうとう正体を現わしたな、おとなしくしろ。」 マカロニは松本の身体に飛び掛かった。 「うぬ!。」 血走った目で松本はマカロニを睨みつけ、ライフルを逆に持って、マカロニを蹴り倒した。 「待て!。」 マカロニは痛みに耐えながら、非常階段を駆け降りる松本を追った。 非常階段の下にも何人かの刑事がいる筈だった。しかし、松本のあまりの鮮やかな逃げ方についていけなかった。頭上をヒラリと越されて、自動車までやってしまった。のだ。 「待て!、松本。」 追いすがったマカロニだったが、自動車のドアに手が触れただけで蹴ころがされていた。 「・・・・・。」 無言で、松本は鋭く目を配り、フルスピードで走り出してしまった。 「松本逃走中!、全車追跡せよ、西に向かい、東京郊外へ出る模様。」 同方向へ同じ車を追って、けたたましくサイレンを鳴らしながら、何台ものパトカーが走って行った。 松本の車にもっとも接近しているのは、マカロニのジムニーだった。だが、松本の操る外車のスピードは凄く、なかなか追いつかない。ともすれば姿を見失いそうになるが、幸い交通量が多いから、松本も思うように走れない。それを彼は無理した。やはり逃走者の心理はプロの殺し屋にしてもどうすることも出来なかった。 東京郊外の宅地造成地。その一帯へまぎれ込み、砂利山の中へ乗り上げてしまったのだ。 「ちぇっ。」 松本は舌打ちをして車を捨てた。周囲は荒れ野。ところどころに工場跡のような建物が半壊の状態で散在していた。彼は周囲を見回していたが、もっとも近い建物のなかへ走り込んだ。右手にはライフルが握り締められていた。マカロニは逃げ込む松本の姿を見た。そうして自分も車を捨てた。 どこへ潜んだか、建物の中はひっそりしていた。 「松本、出てこい!。」 「・・・ふん、ここだ、ハ、ヤ、ミ・・・。」 「・・・・・。」 マカロニは思わず首をすくめた。マカロニの後ろの柱の影から、嘲笑は聞こえ、ライフルの銃口が狙っていた。 ダーン! マカロニの足もとに土煙りが上がったが、危うく避けた。 「命が惜しかったら、黙って出て行け、早見・・・。」 「出て行くと思うか・・・。」 マカロニは松本が潜んでいるほうへ、歩いてゆく。 「撃つぞ。」 「撃つなら、撃ってみろ。」 ダーン! と二発目が鳴って、マカロニの右肩が血を吹いた。 「こんどこそ、心臓を撃つぞ!。」 「・・・・・。」 苦痛に顔を歪めて、マカロニはなおも進む。松本の引鉄の指が、かすかに動いた。−−−その時、別の方向から拳銃の音がした。同時に、ライフルは天井を射抜き、松本ががっくりと膝をついた。 「マカロニ、大丈夫か。」 煙りを吹く拳銃を手にした野崎刑事が、続いて島刑事や石塚刑事が、どやどやと飛込んできた。 「それが、一流の人間の死にざまか、松本、松本!、・・・二流だっていいじゃねえか・・・。」 マカロニの語尾がかすれて、消えた。 「ふん、なんとでもいえ、こ、これが、おれの人生だ・・・し、しかし、たしかに、俺の負けだったな・・・。」 「松本・・・。」 マカロニが走り寄った時にはもう、松本隆志の目は閉じられ、その顔から、みるみるうちに血の気が引いて行った。 |
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