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【1/2】 真っ昼間、正午ちょっと前の殺人事件だった。場所は東京都心部の一流どころの高層ホテルの、展望レストラン。凶器はライフルで、相当な長距離からの射撃によってである。いずれにしても大胆不敵な犯行で、世の耳目をしょうどうさせるに充分なものだった。 七曲署には即日捜査本部が置かれ、藤堂係長(故 石原裕次郎)以下、捜査班の活動となった。 捜査陣が一応の現場検証を終えたのは午後一時ごろ、それから第一日の捜査会議となった。 「被害者のハリス・マーストンは、アメリカ国籍のイタリア人で、45歳。二ヶ月前に観光ビザで来日し、以来ずっとあのホテルに投泊していますが、ほとんど外出せず、食事のときに部屋を出るくらいだったようです。」 被害者についての野崎刑事(下川辰平)の報告を皮切りに、それぞれに持ちよった情報を交換して、今後の捜査方針を決めていく。 「電話くらい使ったろうな。」 と藤堂係長。 「一日一回くらい、男の声で電話が入ったそうです。ボーイやメイドの話によると、かなり人目をさせていた感じですね。」 「被害者の職業と来日の目的は・・・。」 山村刑事(露口 茂)のだれへともない質問に、島刑事(小野寺 昭)が応じる。−−−会議は淀みない。まことに見事なチームワークである。 「本庁の外事課にも資料がないんで、いまアメリカ大使館を通じて調査中です。」 まだ被害者の正体も不明だった。それを確かめるのが第一段階である。 「ガイシャが不明ではな・・・。」 「なあに、しょせん人間のやったこと、どこかに手がかりはあるさ。」 犯人は約400メートルの距離から、一発で心臓部を撃っていた。射角によって××ビルの屋上から射撃したものと推定された。犯行時刻に現場は北西の風が5メートル吹いていた。5メートルの横風のかなで、400メートルもあるのだから、射撃の腕前は神技といってよい。 「人間技じゃない。機械が化け物だ。」 「同感だ。オリンピック選手でもまず出来ない芸当だ。」 刑事連中はむろん射撃はやるし、その知識はあるから、犯人の腕前にはみんな舌をまいていた。被害者の体内に残された弾丸の鑑定結果もわかった。日本では市販されていない特別製のマグナム弾で、ライフルは米国製のウエザビーかスイス製のヘンメリー・ワルサーだろうと推定された。一応結論としては、プロのやったことに間違いなかろうということになった。プロ、むろん殺し屋のそれだ。 「・・・これは明らかにプロの仕技だ。しかも超一流のな。そのつもりで、腰を据えてやってもらいたい。」 藤堂係長はそう結んで努力を望んだ。 それより先、現場検証の途中、マカロニ(萩原健一)には思いがけない偶然があった。フロントの前で、見覚えのある顔を見た。 「・・・・・?。」 瞬間の疑問はすぐに解けた。洗練された服装、皮手袋、一分の隙もない姿になっているが、五年前の記憶は確かだった。松本隆志にまちがいない。 「松本じゃないか。」 「・・・・・?。」 相手はまだマカロニを思い出さないらしかったが、相手の記憶もすぐに蘇えってきた。 「早見・・・る」 「そうだ、早見 淳だよ。五年ぶりだな。」 「そんなになるかな。」 「ゆっくり話したいけど、いまこのホテルで事件があってね。」 「事件?、そうか、いまじゃ第一線の刑事ってわけか。」 「まあそんなところだ。ところでこんなところで何をしてるんだ。」 「泊まってるんだ。仕事に便利なんでね。仕事で三年ぶりに日本の土を踏んだんだ。アメリカ、ヨーロッパ、おれの仕事場は世界中さ。」 「さすがだなあ、昔からなにをやってもピカ一のお前だったけど。・・・いけねえ、おれもう帰らなきゃ、いずれまたくるよ。」 「ああ、いいとも、部屋は302号室だ。」 「それじゃ。」 マカロニは同僚たちを追って、ホテルから去って行った。 そのマカロニの背へ、松本は苦笑いしながらひとりごちた。 「早見 淳か・・・相変わらずだな。」 どこか小ばかにした表情だったが、二、三歩歩いて俄かに松本の表情は強張って、背広の内ポケットから紙封筒を出すと、その中身をあらためはじめた。中身は一枚の写真とタイプで打ったメモで、写真には、中国人・林秀全と記してあった。そうして林の住所と事務所の所在地も・・・。松本は写真を確かめると、丁寧にまたポケットへしまい、なにごともなかった足取りでフロントからキイを受取り、エレベーターの方へ歩いて行った。 マカロニと松本は他ならぬ、警察大学時代の同級生だった。それが、松本は卒業と同時に警察界を捨てた。お互いものの考え方にはかなりの相違があって、それぞれ別の人生を歩む事になってしまった。良い悪いではなくて、そうなることが運命だったのだ。それにしても、現在の二人はひどく隔たりのある暮らしのようだった。松本はまだ自分の生活について語っていないが、一流ホテルの宿泊人であり、世界中を飛び回って“仕事”をしているらしい。マカロニがひとりの刑事として地道な生活をしていることにくらべれば、月とすっぽんほどにちがう。たまたまの邂逅にも、マカロニはコンプレックスを覚えずにはいられなかった。刑事という職業を決して卑下している訳ではないが、なにがなし萎縮していた。“あいつにはとてもかなわない”、とういう意識を、どうすることも出来ないのだった。 事件の日から三日目、マカロニはホテルに松本を訪ねていった。 「松本様はチェックアウトされました。」 「ええ・・・?。」 マカロニは緊張した。早くも宿替えしてしまったというのだ。だが、マカロニの緊張は考え過ごしからのものだったようだ。松本はちゃんとメモを残していて、移り先の『Aホテル』の場所を伝言してあった。 Aホテルには松本がいて、機嫌よく迎えてくれた。 「やあ、待っていたんだ。入れよ。」 「驚いたな、こんな豪勢な部屋、見たことねえや。」 ソファ、ジュータン、何一つとってみても、超一流のものだった。 「あそこ、料理が良くない。こっちのほうがコックの腕がいいらしい。」 松本は問わず語りにチェック・アウトの理由を語った。 すぐにブランデーが出た。 「ずいぶん豪勢な暮らししているようだが、お前なんの商売してるんだ?。」 「タバコ・・・タバコの仲買さ。このタバコってやつ、原料の値動きが激しくてね、巧くやりゃ株なんかよりよっぽどもうかるんだ。」 「警察大学出身のブローカーか、かなわねえなあ・・・。」 マカロニのなにがなしの慨嘆だ。 「どうせ一度しかない人生だ。稼げる時に稼いで、好きなように暮らさないとな。お前だって、刑事の安月給じゃ、うまいものひとつ食べられないだろう。」 「まあ、ね・・・。」 「世間には、一流の生き方と二流の生き方がある。どっちを選ぶかは本人次第さ。」 マカロニが身を起こした。チョット聞き捨てに出来ない持論だ。 「刑事は二流だっていうのか?。」 「まあそう怒るな。これがおれの正直な意見だから仕方ない。」 「・・・・・。」 「この世界はな、人より優れたやつが楽しめるように出来ているんだ。例えば、、いまお前が一流社会へ入っていったとして、みんなと対等に交際できるかい?。恐らく出来ないだろうな。」 「・・・・・そんな自信はないさ、でもな、警察官が二流人間の社会だってのは、言い過ぎだろう。おれにも、お前に勝てる事くらいあるぞ。何でも俺より優れていると思っているのは、思い上がりだ。」 「そうかな・・・。」 酔いが覚めたのであろう。やや子供じみた対抗意識が、ふたりをおかしな競争へ誘っていった。先ず手始めが玉突きだった。マカロニが真剣な顔でキューを繰り出している、が、玉は思うように走ってくれない。 「ちくしょう。」 「玉突きってやつは単純な遊びだ。突く角度、強さ、距離・・・、つまり簡単な力学計算さえ身につければ、誰にでも出来る。・・・。」 幼児に教えるように言いながら、操る松本のキューさばきは、とてもマカロニの及ぶところではない。憮然として、マカロニは黙り込み、しばらく考えていたが、 「ようし、ポーカーでいこう。」 「いいとも・・・。」 松本は自信満々、マカロニの挑戦を受けた。 ホテルの部屋に戻って、のみながらカードをひねくる。 「ちくしょう。」 これもどうも分がなく、マカロニは舌打ちばかりしていた。 「よし、もう一回。」 「いいのかい、明日仕事があるんだろう。寝ぼけまなこじゃホシを逃しちゃうぞ。」 「いいから、いいから。」 ポーカーも一度も勝てないうちに、窓から明けの色が見えはじめてきた。 「いいかげんで諦めな。コーヒーでも飲もうか。」 「いらん・・・、そうだ、お前、射撃の腕は凄かったけ、このごろやってるか。」 「たまに猟をやるくらだ。」 松本の表情は変わらない。 ―――舞台は早朝の射撃場へ移っていった。むろん、マカロニの挑戦だ。 「これだけは負けないぞ。警察では勝てなかったが、いまは俺の方が現役だからな。」 「・・・・・だろうな。」 先ずマカロニがライフルを構えた。引鉄が引かれ、轟音が轟いた。 「どうだい。」 マカロニの標的はほぼ中央に命中していた。今度は松本の番だ。 双眼鏡を目にあててマカロニは弾痕を見ていて、あっ、と思った。松本の玉は計ったように標的の中央を射抜いていた。一発、また一発、松本の弾はおなじ穴に射込まれてゆく。 「もういいよ。わかったよ。お前さんにゃ、とても勝てねえや・・・。」 刀折れ矢尽きた感じでマカロニは降参してしまった。もう、ちくしょうともいわない。なんだか、わざわざ恥をかくために淳は努力していたようだ。 「どうだい、五メートルの横風の中で、400メートルの距離から、人間の心臓を一発でぶち抜く事が出来るか?。」 「タバコの仲買人に、妙な質問だな。でも、たぶんできるだろう、一流のプロだったらな。」 「銃は何を使うんだ?。」 「ウエザビー、あるいはヘンメリー・ワルサーかな。」 なにか、ピーン、と張り詰めたものが、問い、答える中に感じられた。もちろん、マカロニの中には殺しの犯人としての松本が、根強く意識されはじめていた。会いに来ていた目的が、180度の変化をしていた。もう松本は、5年前に別れた警察大学同期生ではない。 「弾丸・・・?。」 「・・・・・特別製の、ロング・マグナム・・・うんと、重たいやつだな。」 それをいう松本の表情には、とくに変わったところもない。マカロニはどす黒い疑問を抱いて、Aホテルから出てきた。考え考え歩く足は遅かったが、きゅうに速くなった。夕べは一睡もしなかったが、これから警察大学まで行くつもりだ。松本隆志の成績証明書を借りる為に・・・。 藤堂係長は笑いながら言った。 「凄い、これじゃマカロニ、お前が勝てないのも無理ないな。」 マカロニは頭を掻いた。自分から成績証明書まで用意して、わざわざ恥の上塗りをしていることになったからだ。 「ボス、この松本が、マーストンと同じホテルに泊まってた。ね、なにかあると思いませんか・・・。」「あわてるな、射撃の腕前だけで松本を犯人と決める訳にもいかんだろう。」 「それはそうですが・・・。」 「なんといっても警察は証拠第一主義、そいつの蒐集が我々の仕事の大半だ。警察学校で教えられたろう。」 「わ、か、り、ました・・・。」 マカロニはもう松本を犯人と決めかかっていた。マカロニは自分の第六感ほ信じている。 「まあいいさ、マカロニ、お前の隙にやってみろ、納得するまでな。」 「本当ですか、ボス。」 「ああ。」 マカロニは嬉しそうだ。藤堂係長がこういう事を言うことはめったにない。とかくやり過ぎる血の気の多いマカロニを、押さえる事は度々あったのだが―――。 どこへ行くつもりか、マカロニは張り切ってデカ部屋から飛び出しかかって、ふと踵をかえした。 「ボス、デカって商売は一流ですか、それとも二流ですか?。」 「バーカ、そんなことを言ってるうちは三流だよ。」 マカロニが出て行ってから、島刑事が石塚刑事(竜 雷太)に話し掛けた。 「マカロニが昔の友人を疑っているのは、よくよくのことらしい。マーストンがやられたとき、松本も同じホテルにいた。それが、ホテルを変えた・・・。」 「俺もそのことを考えていところだ・・・。」 横から藤堂係長が、 「新しいホテルに第二の標的がいるってことになりそうだ・・・。」 その晩から、Aホテルの張り込みが始まったことはいうまでもない。その目が、挙動不審の中国人風の男を捕らえたのは、夕食後数時間ほとたってからであった。刑事たちは知らないが、男は林秀全、松本のメモの中に記されていた男だ。林は、四方に目を配り、まるで転げるように乗用車に乗り込んだものだった。 「おかしい、尾行しよう。」 「よし。」 野崎、石塚の両刑事が自分たちの車に急ごうとしたとき、それより一瞬早く、一台の高級車が音もなく動き出し、林の車のあとについた。 「松本だ・・・。」 ふたりの刑事は息を呑んだ。もう口をきく必要もない。林−松本−ふたりの刑事、と、二重の尾行が始まるのだった。三者三様、それぞれちがった立場と目的を持って、つかず離れず、夜の街を走って行く。曲り、飛ばし、ある時は止まり、奇怪な同一行動をとっている。ちらっ、ちらっ、と林の顔も刑事たちの目に映る。 「頬っぺたに手をやってる。しきりに・・・。」 「どうしたのだろう。」 一方、冷静そのものの松本。ハンドルさばき、背姿でそれがわかる。林の車の動きはいやがうえにも奇怪だった。まるで無目的にどちらへでも走る。夢遊病者の動きのようにつかまえどころがないのだ。 「おかしい?。」 「松本に気づいて、逃げているのだろう?。」 「そうも見えないようだか」 ふたりの刑事はしきりに首をひねった。この調子では林は、一晩中こうして走っているつもりかも知れなかった。もっともふたりの刑事には、林は林と分かっている訳でもない。ただ挙動不審、松本が尾行する相手として、つけてきているだけだ。 「お、停まったぞ・・・。」 林の車がとあるビルの前で停まり、松本もスピードを緩め、刑事の車もそれにならった。見ていると、挙動不審の男は、頬に手をやりながら出て来て、ビルの中に入っていった。巧みに間をおいて、松本も同じビルの中に入って行った。 と、背後から声がかけられて、二人の刑事はギクッとした。 「ぼくですよ。」 「なんだマカロニか、びっくりするじゃないか。」 「うしろも気をつけておかないと駄目ですよ。野崎さん、石塚さん。」 「まいったまいった、ずっとつけていたのか。」 「Aホテルからここまで。」 意外!、三重の尾行行動だったわけだ。 「お前、先頭の男知っているのか。」 「むろん・・・。」 マカロニは少々胸を張った。伊達にうろついているわけではない、といいたいところだ。 「米国籍の中国人、林秀全。最初のホテルは殺しの現場。移ったのがAホテ、つまり、松本の動きとまったく同じですよ。」 「林は松本に狙われていることを知っているのかな。」 「知らないでしょう。ただ、殺しがあって、自分が狙われていることは分かって、慌ててホテルを変えたんでしょう。殺されたマーストンと林はつながりがあるんですから、身の危険はわかるはずです。」 「なるほど、どうやらマカロニのほうが詳しいようだな。それで、このビルに何しに入ったんだ。」 「歯、歯ですよ。ひどい虫歯で林の奴、我慢できなかったんですよ。」 「そうか、どうりで・・・。」 ふたりの刑事はうなずいて、ビルを仰ぎ見た。5階の窓に、歯科医院の看板が出ていた。 「すると林は危ないわけだ・・・。」 「でも、いまはやらないでしょう。ライフルも持っていませんからね。」 「問題はいつやるかだ。」 「松本がライフルで狙っている時、・・・我々が狙う時ですね。」 林と松本はおよそ一時間ほどしてビルを出てきたが、もう松本は林を尾行しなかった。どうやら松本は目的を果たしたものらしい。3人の刑事は5階の歯科医院を訪ねて、林が明日の今ごろまた治療にやってくることを確かめた。問題の時間はあと一日。勝負をつける時が迫ってきている。そのための用意をしなければならない。 「マカロニ、お前はなお松本の動向に注意していろ。出来ることなら、松本のそばにいた方がいい。相手になめられているのが、かえって好都合じゃないか。」 「なんだか、おかしな気分だな。・・・おれ、けなされているんだな。たしか・・・。」 「頼むぞ、俺たちはボスに報告して明日に備える。」 「わかりました。せいぜい松本にまたご馳走でもしてもらいましょう。」 「油断してドジを踏むなよ。」 「そちらも・・・、いまの尾行みたいにうっかりしてちゃダメですよ。」 「こいつめ!」 次ページへ続く
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