第 3 話  「あの命を守れ!」





太陽にほえろ!シナリオ小説・第1巻「孤独なライフル銃」よりの転載

【2/2】

「三人がかりで捕まえたのは、胸にライフル弾をくらった人形さんか!。」 ビルの解体現場から引き揚げる途中、マカロニは人形を目の前でブラブラさせながら、口惜しそうにボヤいた。だが、こうなってはもう一度、イチかバチか梶原左門に当たってみる事だ!。ジムニイーの運転席についたとき、マカロニはとっさにそう自分の心に決めていた。新聞記者は足の裏にペンをつけて書けという。刑事は足の裏に目をつけて手がかりを追跡するしかなかった。
一旦、署に帰って、指の傷の手当てをしたマカロニは、石塚刑事を説き伏せて、梶原左門を追う事にした。


まず、名刺を頼りに柏木町のアパートへ向かったが、梶原の部屋には鍵がかかっていた。
「もう三時か。」
腕時計をのぞいた石塚刑事が、
「おい、マカロニ、お前さんは昨日、左門にまんまと六千円せしめられたとボヤいていたっけな。」
と思い出したように訊ねてきた。
「そうですよ。だからおれはどうしても、ガセネタ左門から六千円の見返りをもらわないうちは、腹の虫がおさまらないってわけ。」
「」よし、じゃ、やっこさんのいそうなところは見当がつく。
石塚刑事は大股に歩き出した。
「ふところがあったかいとなると、やっこさんは競馬場か、それとも・・・。」
やきとり横丁ということになる。


その一郭は、一日じゅう陽が射さない二本の路地を中心に、三十軒あまりの飲み屋がひしめき合っている。 八軒ほどのぞいたとき、案の定、カウンターの奥でもつ焼きを頬張りながら、梶原左門がコップ酒を飲んでいた。マカロニに肩をたたかれると、梶原は観念してあっさり表へついてきた。
「こっちはいい値どおり、ネタ料をちゃんと渡したんだ。それなのに、カゴ抜けドロンはないだろう。」
公衆便所の脇に連れ出すと、マカロニはたっぷり皮肉をきかせた。
「あんたが臭いと睨んでいる奴は、どこに居るんだ?。」
とマカロニ。
「おい、梶さん。」
と石塚刑事が声を凄ませた。
「ネタを小出しにして捜査協力費をせびつこうって魂胆だろうが、こっちは時間がないんだ。そいつがラインハート議長を狙っているらしいと、どうしてお前に分かったんだ。」
「夜中に、たまたま鍵穴から覗いちまったんです。やつはライフルを通りに向けて、撃つ練習をしていました。」
「すると、ホシはお前と同じアパートの住人ってことかい。」
「へえ、そうなんで。」
「部屋は何号室だ?。」
「あっしの右隣ですよ。」
「それが本当だったら、六千円自腹きったのも痛まないですむぜ。」
マカロニが明るく笑ってみせた。


ふたりは早速、やきとり横丁から三和荘へ急行して、張込みする事にした。管理人から、梶原左門の右隣は松川修という印刷工だと聞いたとき、マカロニノ顔色が変わった。“松川修!”休日に映画館街で知り合った若者と同じ名前である。現代に同姓同名は多いが、マカロニはこのとき、名伏しがたい不吉な予感が、胸に翳をさしたのを覚えさせられた。
「こんな薄汚なくふくれあかった街は、いっそのことメチャクチャに焼き払ってしまえばいい!。」
Mデパートの屋上で、そういった松川修のどことなく陰惨で虚無的な風貌が、マカロニの脳裏へ蘇えった。「管理人さん、その松川修って男の部屋を、見せてもらえませんか。」
「ええ、どうぞ。」


警察手帳を示しているので、管理人は合鍵を取り出してくると、マカロニと石塚刑事を二階へ導いた。
「どうぞ。」
開けてくれた扉から部屋へ足を踏込んだとき、「あっ!」と思わずマカロニは目をみはった。頑丈な三脚に据え付けれたライフル銃が、部屋の真ん中を占領していたからだ。驚いた事にそのほかには、生活を感じさせる家具調度品の類は、ほとんど見あたらなたった。
すべてが銃に関するものばかりだった。壁や襖の貼られた写真も、銃以外にはなにひとつなかった。部屋の隅に積み上げられてある雑誌も同様だった。なんという荒涼とした孤独さだろう!。マカロニはしばらく言葉が出なかった。
「銃砲不法所持で、とにかく参考人として署へ連行しよう。」
石塚刑事は部屋の外へ出ながら言った。


それから二時間半後に、勤め先から帰ってきた松川修は、マカロニと石塚刑事に連行された。
「こんな再会の仕方をするとは、夢にも思わなかったよ。」
マカロニは車の中で、にがいものを噛んだような表情をつくった。
「断っておくが、おれはあんたを友達だなんて思っちゃいないぜ。俺の友達はライフルだけさ。」
松川修はタバコに火をつけると、ふてぶてしく煙を吐き出した。
「ライフルだけが友達かい?。」
「そうさ、銃は人間と違って、裏切らないからな。こっちが信用すれば、ちゃんと向こうも応えてくれる。最高の友達じゃないか。」
「・・・!。」
「俺を捕まえて、あんたたちは安心しただろうが、ラインハート議長は、かならず狙撃されるぜ。」
松川はうそぶいた。
「それは、どういう意味だ。」
「おれのような奴は、この広い東京にごまんといるからさ。」
「引かれ者の小唄というやつじゃないかな。」
「いや、ちがう。なんの目的もなく、まるで虫ケラみたいに毎日毎日を生きる。そん俺たちを、誰も振り返ってみようともしない。認めないんだ。」
「どうしてそれが、ラインハート議長狙撃へ繋がるんだ?。」
「もっともふさわしい標的じゃないか。事件が起きてはじめて世間は、俺たちが生きていたってことに気がつく。でもその時には、人間の平和と理想のシンボル、国連議長は死んでいるんだ!。」
「君は平和が敵だというのか?。」
マカロニは怒りをこめた語調でいった。左手の傷が、不意にずきずきと痛み出すのを感じた。


松川修の田舎は、かつて米軍の航空基地があった三沢から、南へ三十キロの戸数わずか四十軒あまりの半農の漁村だった。ところが、その痩せた村が、米軍の射撃練習場になってからは、さらに生活が苦しくなった。補償制度が設けられたが、それが半年一年伸ばしでハッキリしなかったので、修の父親・徳造は、出稼ぎ労務者として、東京の土建会社で働くことになった。修が14の年である。
三ヶ月後に、徳造は宿舎近くの飲み屋から帰る途中、自動車事故で即死した。それも轢き逃げだった。電話で知らせを受けた母親のスマは、ぎりぎりの旅費を工面して、徳造の遺骨を引き取った。
「泣きっ面にハチとは、このことだべや!。」
スマは遺骨を抱いてきた日、仏前へ一杯のコップ酒を添えると、一晩中泣き明かした。この世には神も仏もござらっしゃらぬ。貧乏人ばかりがいじめられ、そして馬鹿をみる世の中だと、スマはブツブツ口の中で繰り返した。その母親スマが、物置小屋で首を吊って自殺したのは、徳造の四十九日だった。


「まるでその姿は、毛をむしられた痩せ鶏そっくりだったぜ。」 取調室で松川修は山村刑事へ噛み付くような形相で言った。
「俺はお前さんの身上調査をやってるんじゃない。」
山村刑事はずどんとひとつ机を叩いた。
「アパートの周辺を聞込みした結果、お前さんは弟の徹とふたり暮らしだということがわかったんだ。いや、それよりも、ライフルをもう一丁持っているそうじゃないか。」
「だから言ったろ、俺をあげたって、ラインハートは必ず狙らわれるって・・・。」
「ということは、徹もお前さんと同じ考えだということか?。」
「あたりまえだ。この世でたったふたりきりの兄弟だもの。俺も徹も、この薄汚く膨れ上がった東京を憎む気持ちはひとつだ。おやじとおふくろを殺したのも、平和の仮面をかぶった化け物どもの仕業なんだ。その化け物どもは、俺たち貧乏人の生血を情け容赦なく吸って、ぶくぶくと平和面してふとっていやがるんだ。」
修はしゃべり出すと際限がなかった。山村刑事の質問をぬらりくらりとかわして、自己主張だけを止めど無く捲くし立てるのだった。
「そうか。じゃ、お前さんの論法からいうとラインハート議長も、平和の仮面をかぶった化け物というわけだ。」
「まあね。どう受取ろうとあんたの勝ってですよ。ただひとつ動かない事実は、化け物だろうと怪物だろうと、明日の8時から10分の間に、はっきり運命がきまることだ。」
「・・・!。」


修の捨て身に手をやいた山村刑事は、ひとまず取調室を島刑事と野崎刑事のふたりに任せて、捜査係室へ引き返してきた。
「なんだ、ひどく浮かぬ顔じゃないか。」
藤堂係長が声をかけた。
「驚いたな。影が薄いというか、まるで幽霊みたいに掴みどころが無いんだ。」
「若い奴は、みんなそうなんで。」
マカロニが隅の席から立ち上がった。
「自分がどこにいって何をすればいいのかわかんなくて、ただうろうろしているんです。影がうすいのは、松川修と弟の徹だけじゃないでしょうが。」
「お前さんもそうか?。」
「俺だって、チョボチョボです。」
「だからといって、国連議長を狙撃する理由にはならんだろう。」
「山さん、早見は松川の身の上話にちょいと感傷的になっているんだ。」
と藤堂係がふたりをわけた。
「さっそく松川徹の緊急手配をたのむ。それから、松川修には時計を使おう。」
「時計?。」
山村刑事は怪訝な表情をした。
「万一を考慮して道順の変更を競技したが、やはり予定通りということになった。このうえは、どうしても松川修に吐かせるしかない。だから山さんの得意な例の手さ。」
「はっ、わかりました。」
山村刑事はすぐに思い当たって、ニッとうなずくと、急ぎ足で部屋を出て行った。
「ボス、それじゃ予定通りのコースを、国連議長はオープンカーで走るんですか。」
石塚刑事が藤堂係長の前へ立った。
「そういうことだ。」
「確実に狙っている奴がいるんですよ。どうしてですか?。」
「ラインハート議長の希望なんだそうだ。どんなに危険があるとわかっていても、自分の信じる道を行く。これまでもその主義できたし、これからもかえる意志はない。その一点張りらしい。」
「無茶ですよ。それは!。」
「おれもそう思う。しかし、本庁のお偉い方に言わせると、それくらいの強い意志と勇気が無ければ、国連議長はつとまらんそうだ。」
「じゃ、お願いがあります。」
石塚刑事は直立不動の姿勢をとったる
「わたしに、ラインハート議長のボディーガードをやらせてください。栄光と名誉の勇気をもった国賓に対して、私はボディーガードとして報いたいと思います。」
そう言った石塚刑事の両眼には、刑事魂ともいうべき光輝がやどされていた。


地上に向かって、広大なタクシー乗り場の円形の空間がひらけている西口広場から、地下街へぬけると、かつての浄水場跡、いわゆる副都心計我用地につづく長い地下道がある。暗い照明のなかに、弧を描いた4車線の自動車道路と、両側の歩道。そのコンクリートの壁に背をもたせかけて、松川徹は腕時計の針を気にしながら、もう10分あまりも誰かを待っていた。
4本目のタバコが、指先のあいだで1/3ほどになったとき、早朝のまばらな人影のなかから、ギター・ケースを重たそうに提げた若い女が、小走りにこっちへ近づいてきた。
「尚ちゃん!。」
タバコを捨てた徹が、恋人の尚子を迎えた。徹はさり気なく肩をならべると、彼女から分解したライフルを詰めたギターケースを受け取った。
「どうしてもやるの?。」
歩きながら、尚子は不安な目で徹の横顔を見上げた。
「やるさ、もう後戻りは出来ない。防衛大臣の時は失敗してしまったし、今度は兄さんまでパクられてしまった。だから、こんどこそやらなければならないんだ。」
「そんなことしたら、殺されちゃうわよ。」
「死んだっていい。そのかわり、世間の奴等に復讐してやるんだ。」
「じゃ、あたしたちはどうなるの?。」
「ちっぽけな愛が、いまさらなんだ。そんなもの、俺はいるものか。尚ちゃん、もういいから帰れよ!。」「いや、いやよ!。」
尚子は腕をつかんできたが、徹はわざと邪険にその手を突き放した。
「俺と道連れになったら、尚ちゃんばかりか、あんたの親兄弟までみんなお終いだぜ。地獄へ一緒に落ちるようなものじゃないか。」
徹は走り出していた。


新宿の夜明けの空は、徹にとって、いまは両親の墓だけとなった故郷の海へ繋がっていた。鉛色のあの暗い海面が、澎湃として脳裏を満たしていた。


こうして危機をはらんだ朝は、七曲署の調べ室にも訪れていた。机をはさんで松川修と向かい合った山村刑事は、あれから一睡もしていなかった。
「おれは大正のフタケタ組だから、兵隊の経験がある。」
昨夜は一晩中、山村刑事はそんな昔話を修に聞かせた。
「これもお前さんの論法でいくと、軍隊というところには、当時、聖戦という仮面をかぶった化け物がわんさといたことになる。天皇陛下の命に依り、この一語で戦場の兵隊はみんな死んでいったんだ。」
「兵隊の苦労なら、俺の親父だって散々なめにあったさ。」
修も負けずにやりかえしてきた。
「お前さんの親父さんの兵科はなんだ?。」
「野戦重砲だったてさ。」
「野重なら、俺と同じだ。戦重には軍旗がなかった。火砲が軍旗なんだ。だが、いまの俺は、いってみれば刑事が軍旗だ。その軍旗の誇りの為に、犯人と戦って死んだ仲間が随分いる。そうだ、昨日の夕刻まで一緒にいた石塚刑事だが、ラインハート議長のボデイーガードを志願して行ったよ。」
「・・・!。」
「最初、ボスは石塚刑事の願いを許可しなかった。気持ちは解るが、ボディーガードは本庁の専門家があたることになっている。いや、たとえ本庁がOKしても、わしが許さん。議長の命も石塚刑事の命も、同じ一つの命だ。わしにはそんなことはさせられないと、ボスははねつけたが、石塚刑事に粘られて、とうとう許可をした。それが刑事の旗なんだ。誰にも見えやしない旗だがね。」
自分へ呟くようにいったとき、電話のベルが鳴った。
「はい、そうですか、ラインハート議長は無事通過・・・、無事に淀見橋を通過したんですね。」
山村刑事はほっとしたように、受話器を戻した。壁の時計は、まさしく8時20分をまわっていた。
「嘘だ。そんなはずはない!。」
松川修が机を激しくたたいた。
「どうしてだ?、いまの電話はパトカーから入ったのを、ボスが知らせてきたんだ。これでお前さんの弟は殺人犯にならんですんだ。」
「バカな、デタラメを言うな。徹がまだ捕まらない限り、やつは橋の手前、5メートルぐらいの物干し場から、シーツを遮蔽幕にして絶対にやったはずだ。」
「聞いたか、マカロニ!。」


間髪をいれず山村刑事が、廊下の外へ大声で叫んだ。ドアを開けてみなくても、藤堂係長が、8時からマカロニを廊下へ待機させておく手筈がととのっていたからだ。
「はい、了解!、早見刑事は只今から、淀見橋の手前5メートルの物干し場に直行します。」
打てば響く捜査陣である。マカロニは逃兎のようにすっ飛ぶと、署前の道路へ止めておいたジムニィへ走り寄っていった。


「さてと・・・。」
落しの山さんはタバコを一服ふかぶかと吸ってから、ゆっくりと腰をあげ、椅子を踏み台にして時計の長針を、20分後戻りさせた。このからくりは、修が一度、トイレへ立ったあいだに落としの山さんが仕掛けた罠であった。


余談になるが、ジムニィで急行したマカロニと警備中の島刑事の二人に松川徹は逮捕されて、発砲未遂におわり、国連議長を乗せたオープンカーは無事に予定通り目的地に着いた・・・。淀見橋を通過した時、同情していた石塚刑事がホッとため息をついたのも印象的であった。


その夜、『宗吉』でマカロニは夕飯の定食を食べた。宗吉はシンコに手伝ってもらいながら、カウンター内から身体を乗り出して、
「ねぇ、お前さん、シンコに聞いたところによると、なかなか大変なヤマだったそうじゃないか。感想を聞かせてもらいたいね。」
「うれしいけど、悲しいな。」
「悲しいかい、なるほど・・・。」
宗吉はしたり顔でうなずいた。
「マカロニくんらしい感想ね。」
とシンコだ。
「俺の若い頃はだな・・・。」
宗吉が自慢話をしようとして、店の格子戸が空いたのを見て、
「おや、お前さんの友達のお出ましだよ。」
と、格子戸への視線を、マカロニに向け直していた。
「へへ、飛びきり上等のネタがあるんですがね。」
さも親しげにマカロニの隣にヒョコヒョコやってきたのは、梶原左門であった。ガセネタはもう結構とばかり手を振って、マカロニが逃げ腰になり、宗吉とシンコが声大きく笑っている。